プラトンと新プラトン主義

新プラトン主義は3世紀に成立してヨーロッパにおける古代哲学の最後を締め括った潮流です。

ネオプラトニズムとも呼ばれます。

始祖とされるプロティノス(205年頃~270年)はプラトン(紀元前427年~紀元前347年)のイデア論を徹底させて流出説を唱えます。

流出説では完全なる一者(ト・ヘン)から段階を経て世界が流出し生み出されたとされます。

高次で純粋な世界から低次で物質的な世界へ流出が進み、最終的に現在の世界が形成されたとします。

プロティノスは流出過程を逆に辿ると純粋で精神的な高次世界に帰還できると考えました。

流出説は古代のグノーシス主義思想や中世のキリスト教神学にも影響を与えています。

一者の思想は一神教と結びつき、中世ヨーロッパにおけるキリスト教思弁哲学の基盤の1つになりました。

プロティノスの新プラトン主義は一般的に正統なものと見なされています。

一者への帰還にテウルギアを採り入れた、イアンブリコス(245年~325年)やプロクロスなどの後期新プラトン主義とは区別されます。

テウルギアを望む人々に対してプロティノスは観想(テオーリア)を勧奨しました。

観想によって神的なものと再統合(へノーシス)することを目標としたため、プロティノスの学派には瞑想や観照を行うという特徴があります。

プロティノスの弟子であるポルピュリオスのさらに弟子であったカルキスのイアンブリコスは、祈祷や魔術的な儀式を行うテウルギアを教えています。

イアンブリコスはテウルギアが神々の模倣であると信じました。

著書「エジプト人の秘儀」の中でテウルギア的祭儀は、受肉した魂に宇宙の創造と保護という神的責任を負わせる「儀式化された宇宙創成」であるとしています。

イアンブリコスによると観想では超越的な存在は理性で把握できないとされます。

テウルギアは存在の諸階層を通じて神的「しるし」を辿り、超越的な本質を回復するための儀式と作業であると主張します。

プロティノスの時代にはオリエントの影響で神秘思想が流行しており、新プラトン主義も影響を受けています。反対に新プラトン主義も神秘思想に影響を与えました。

ただしプロティノスはグノーシス主義を批判しています。

0 件のコメント:

コメントを投稿