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タロットカードの起源

・タロットカードとは

タロットカード(Tarotcard)は遊びや占いなどに使われています。

瞑想のアイテムやお守りとして使われることもあります。

タロットカードにはそれぞれ意味が込められており、様々な解釈が可能です。

小説などを書く際にタロットカードを使えば、物語を作るきっかけになります。

タロットカードは基本的に78枚1組で構成されています。

78枚のうち22枚は寓意画が描かれた大アルカナです。

残りの56枚は小アルカナと呼ばれます。

小アルカナは1から10までの数札と4枚の人物札で1つのスートが構成されています。

1スートは14枚で4スートあるので、小アルカナの枚数は56枚です。

・起源

タロットカードの起源には諸説があります。

古代のエジプトやユダヤに起源があるとする説も存在しますが、学問的な根拠はありません。

また発祥年代も不明とされています。

実際に残っている最も古い記録は1392年のシャルル6世のタロットです。

ただしシャルル6世のタロットは現存していません。

14世紀から15世紀のタロットカードは貴族や金持ちのために画家が手描きで制作していました。

絵柄や枚数などは現在のものと違いが見られます。

ただし現在の大アルカナと小アルカナに該当する構成は既に存在していたと考えられています。

初期のタロットカードの用途は正確には分かっていません。

ゲーム用や占い用、鑑賞用など様々な説が存在します。

16世紀になるとヨーロッパで木版画が大量に制作されるようになりました。

ちなみにグーテンベルクによる印刷機が開発されたのは1434年から1444年頃とされています。

16世紀に入って木版画が大量生産されるようになると、タロットカードはヨーロッパの庶民にも浸透し始めます。

タロットカードを使用したギャンブルが盛んに行われるようになり、度々禁止令も出されています。

占いにタロットカードが使用されたという記録が見られるのは18世紀以降のことです。

・世界最古の記録

1392年に精神状態が不安定だったフランス国王シャルル6世のために、「シャルル6世のタロット」と呼ばれるデッキが作られました。

シャルル6世の会計帳には「金色や様々な色で描かれた56枚の遊戯札」に関する記述があります。

その記述によると3デッキが作成され代金として6枚のペルシャ硬貨が画家のジャクマン・グランゴヌールに支払われたとされます。

以前はパリ国立図書館に所蔵されていたものがシャルル6世のタロットとされていました。

しかし近年では1469年から1471年頃にエステ家のボルソ・デ・エステ公爵のために作られたという説が有力です。

シャルル6世のタロットは現存していないため、図柄などは完全に不明となっています。

シャルル6世とエステ家について

・フランス国王シャルル6世とは

シャルル6世(1368年12月3日~1422年10月21日)はフランス・ヴァロワ朝の第4代国王です。

在位は1380年から1422とされています。

第3代国王シャルル5世と王妃ジャンヌ・ド・ブルボンの長男で人々から親愛王、後に狂気王と呼ばれるようになりました。

1388年に親政を開始して摂政による支配を終わらせると、シャルル5世の時代に存在した有能な顧問団のマルムゼを復権させます。

マルムゼの助けを得ながら優れた統治を行ったため、シャルル6世は人々から親愛王と呼ばれます。

しかし1392年に20代半ばで精神病を発病すると治世のほとんどが家臣団やイングランドに左右されるようになります。

精神病を発病した後のシャルル6世は、人々から狂気王と呼ばれました。

・エステ家について

エステ家はオベルテンギ家に起源を持つイタリアの有力貴族の1つです。

11世紀に当主だったアルベルト・アッツォ2世がエステ辺境伯の地位を得ました。

その後子孫が地位の世襲に成功したことが家名の由来とされます。

1196年にエステ辺境伯領はフェラーラ侯爵領に改められたため、エステ家当主の称号はフェラーラ侯となりました。

1242年にはフェラーラの僭主国家体制が確立されると、400年にわたる当地が行われます。

1288年と1289年にはオビッツォ2世がモデナ侯とレッジョ侯を兼ねるようになります。

さらに1452年にはモデナとレッジョが、1471年にはフェラーラが侯爵領から公爵領に昇格しました。

エステ家は学問や美術を保護したことで知られています。

ボルソ・デ・エステは1452年に皇帝フリードリヒ3世からモデナ・レッジョ公の称号を、1471年には教皇パウルス2世からフェラーラ公の称号を授かりました。

甥のアルフォンソ1世はルクレツィア・ボルジアと結婚しています。

ルクレツィア・ボルジアはニコロ・マキャヴェリが「君主論」冷酷な統治者の好例としたボルジア家の出身です。

後のローマ教皇アレクサンデル6世であるロドリーゴ・ボルジアと愛人のヴァノッツァ・デイ・カタネイの子として生まれました。

チェーザレ・ボルジアは兄です。ニコロ・マキャヴェリは「君主論」の中でチェーザレを理想の君主として称賛しています。

アルフォンソ1世の子孫であるマリーア・ベアトリーチェは、1754年にイタリアへの影響力拡大を図るオーストリアの女帝マリア・テレジアの4男であるフェルディナント大公と結婚します。

これによってオーストリア=エステ家が成立しました。

・ミンキアーテ版タロットカードとは

シャルル6世のタロットの次に古い記録とされるのがミンキアーテ版です。

1415年にフィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ公爵が秘書のトルトナに作らせたとされます。

ミンキアーテ版もオリジナルは現存していませんが後世に作られた複製が残っています。

配列順や名称、絵柄は現在の大アルカナと異なっているのが特徴です。

タロットカードの枚数や順番、名称や絵柄は15世紀にはまだ確立されていませんでした。